6/3のつづきです。
ボランティアの宿泊地は、遠野のふるさと村でした。
http://www.tono-furusato.jp/
普段、宿泊施設としては使われていない曲がり屋にご好意で、
泊まらせていただきました。
40畳ほどの広間に布団を敷き詰めて、男女別棟に分かれて泊まりました。
かやぶきの民家に泊まることができるなんて
感激でした。
遠野の朝晩はすごく冷えたので、
(写真は、朝霧の中。。外は寒くて、持っている服4枚を無理やり重ね着していました。)
寒いのかなと思ったのですが、
みんな一緒だと、人の熱であたたかい夜を
すごせました。
そういえば、昔の暮らしって、大家族であったから、
夏を棟としたつくりの家でも、
こちらが想像していたよりも
あたたかくすごせたのかもしれませんね。
この日も、茅葺を守るために、
昼間は焚いていたそうです。
暮らしといっしょに民家は成り立っていたのでしょう。
そして、建物を単品で保存するのでなく、
村として、暮らしごと保存しているところが
いいなと思いました。
遠野は、地震の影響を受けていなくても、
観光客が例年の1割位になっているそうです。
ボランティアの人が来て、やっと3割になる
そうおっしゃってくださり、
本当に本当に親切にしてくださりました。
こんな素敵な自然の中で育つとこんなにいい人になるのかなって思うくらい
素敵な方々たちでした。
遠野ふるさと村のほうで、おにぎりやお弁当や朝定食を購入することができたのですが
お味噌汁とかおにぎりとか、普段のごはんがおいくてうれしくなりました。素材がいいのかなと思います。
自然も、本当に美しくて。癒されているのをかんじました。
星空も圧巻でした。
今回、実際に、行って、みて、かんじて、
本当によかったと思います。
何よりも現地の方の素敵な人たちに、出会えたこと。
少しづつ、明日をみてしっかりと生きている方々にチカラをいただいたこと。
被災者さんではなく○○さんという、一人の人間の暮らしがそこにあること。
ものには、その人の生きていた証があること。
植物たちの命の力。
美しい場所であったこと。
わかちあうこころ。
日々の生活への感謝。
復興は地道で、長期的なもので、
人の手がぜんぜん、足りないこと。
みなのチカラをあわせれば、大きなチカラとなること。
ボランティア初心者であっても、
ボランティアバスのような方法を取れば、
迷惑をかけることなく現地に行くことができること。
作業はできなくても、旅行することは出来たら、
大きな支援になること。
またその場にいかなくても、産地のものを消費する。
忘れずに、笑顔で元気に暮らす。
そんなことができることとしてあること。
少し前に、何かのコラムで、正義には2通りの表現があって、
批判し抑制する正義、助け応援する正義があるって書いてありました。
どちらも必要なことだと思いますが、
助け応援する方法って、和の生活の中で、育ててきたものなんじゃないかなと
思えたこと。
あたたかい表情をされている方が多いこと。
たくさんのことを教えていただきました。
時間をつくって作業にも行きたいし、
何年後かに、美しい場所に戻ったとき、ちゃんとまたあの場所や人に会いたい思っています。
読んでくださってありがとうございました。

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